第138章



 結衣香が下駄箱を通りかかったとき……、後ろから男子生徒に呼びかけられた。

「結衣香先輩の『生徒手帳検査』を実施します」

 それは、以前自分にやり込められて希と美奈の生徒手帳検査を邪魔されたときの2年生男子生徒たちだった。
 奇しくも、前回と同様に玄関前。
 その男子生徒たちに不審な目を向ける結衣香。

「あなたたち……まだちょっかいを……。
 よっぽど頭が悪いのかしら?
 私には『生徒会長特権』があるのよ。
 生徒手帳検査を『拒否』します」

 結衣香は、当然のように答えを返す。
 それは、生徒会長にのみ授けられたこの学園内において唯一女子生徒に認められた反撃の手。
 結衣香は、その権限を最大限に利用して、周りの女子生徒と自分自身の身を男子生徒の魔の手から守っていた。

「たしかに、生徒会長である結衣香先輩には『生徒間の要求に対する拒否権』があります。
 でも、それが効力が失われる場所がありますね」

「……たしかに……ね。
 たとえば職員室内など、生徒ではなく教員管轄となるエリアでは、わたしの『生徒会長特権』は効力をなくします。
 ですが、この玄関エリアはその特別エリアではありません。
 したがって、わたしの『生徒会長特権』は有効です。
 もう一度言います。
 生徒手帳検査を拒否します」

 2人の2年生男子生徒は、結衣香のその言葉に納得の表情を向けた。

「……わかりました。
 それじゃあ、別の女の子の確認をします。
 じゃ、そういうことで……」

 男子生徒たちは、あっさりとその場から立ち去ろうとする。

「……?
 ま、待ちなさい!
 その生徒手帳検査校則の可否に異議を唱えます。
 その『検査証』は私が預かります」

 結衣香は、その「検査証」によって他の女子生徒が毒牙にかかることを懸念し、その「検査証」を男子生徒から取り上げようとした。
 詰め寄る結衣香に気おされるように、その男子生徒はよろめき……そして、その「検査証」を手からすべり落としてしまった。
 検査証が空中を翻り、床に落ちる。
 その男子生徒の手からこぼれた「検査証」を結衣香は歩み寄って拾い上げた。
 その瞬間……

「結衣香先輩、今ここで生徒手帳の検査を要請します!」

 「検査証」を拾い上げて顔を上げた結衣香の目の前に2人の男子生徒の姿があった。
 彼らは、結衣香が拾ったものとは別の、もう一枚の「検査証」を掲げている。
 怪訝な顔を上げる結衣香。
 仮に、もう一枚の「検査証」を持っていたところで、なんら状況が変わるとは思えない。
 その「検査証」も取り上げるまでである。

「……何を言っているの?
 だから、『生徒会長特権』で……」

「ここは、『生徒会長特権』除外エリアですよ」

 結衣香は、その男子生徒の言葉に、周囲を見回す。
 そこは……、教員用の下駄箱エリアだった。
 結衣香は、床に落ちた「検査証」を拾うために、意識せずにそのエリアに足を踏み入れてしまっていたのだった。
 生徒会長特権は、教職員が管轄するエリアでは効力を発揮できない。
 そして確かに、職員室という明確な仕切りで区切られた区画とは違うものの、この教員用下駄箱エリアも、オープンスペースの中に設けられた数少ない教員管轄エリアのひとつである。
 自由に行き来が可能なエリアだけに、そこを通常エリアと区別して意識することは少ないが、それは紛れもない事実であった。
 わずか一歩分の距離とはいえ、結衣香は、その教員管轄となる特例エリアに踏み込んでしまっていたのだった。
 たった一歩分……しかしそれは絶望的なまでの距離だった。


「どうしました、結衣香先輩?
 そこは、教員用玄関……つまり、『生徒会長特権除外エリア』です。
 その場に立って要請を受けた以上、「拒否権」は無効です。
 それとも、ルールを破ってそこから逃げますか?
 ……とすれば、校則で特権を受けている生徒会長としての拠って立つところが崩れますけど……ね」

 結衣香は、うつむきがちにその男子生徒をにらみつけた。
 そう、結衣香が利用している「生徒会長特権」は、校則に則った効力により発揮しているものである。
 いかに理不尽なものであろうとも、その「校則」に従うことがこの聖女学園のルールであった。
 そのルールが少女たちを辱め、そしてそのルールによって自分は女子生徒たちを守っているのである。
 今、この場で結衣香自身がそのルールを破ってしまえば、自分自身の特権さえも否定することになる。
 仮に生徒会長が、その「生徒会長特権」の有効範囲を超えて「特権」を行使し、越権行為や違反行為を働いたことが明らかとなった場合は、通常の女子生徒が違反を犯した場合とは比較にならないほどの厳罰が課せられる。
 生徒会長は全女子生徒の代表と見なされるため、その厳罰は全校の女子生徒にも及ぶのである。
 まず生徒会長は、その「生徒会長特権」を1週間剥奪され、男子生徒および教職員へのあらゆる発言権が無効となる。
 さらに、その1週間の間は、全女子生徒を対象とした特別校則が発布され、日常の学園生活をはるかに上回る恥辱校則が、全女子生徒に降りかかるのである。
 したがって「生徒会長」は、その特権を校則で認められている以上、だれよりも「校則」に従順でなければならないのだった。

「フフフ……この間の件も含めて、結衣香先輩の生徒手帳……たっぷりと確認させてもらいますね。
 さぁ、早く生徒手帳を提出してください」

 結衣香は、相手を殺しかねないほどの視線で、男子生徒たちをにらみつけながら、自らの生徒手帳を取り出し、そしてゆっくりと検査員の男子生徒に手渡し た。
 普段であれば、実力でこの場を切り抜け、さらに男子生徒を少々痛い目にあわせるところだが、今の結衣香に実力行使は許されない。
 そんな様子を見て、男子生徒はさらに調子に乗るのだった。

「へへッ……結衣香先輩の生徒手帳検査なんて、先輩が生徒会長になる前の2年生のとき以来ですね。
 どれどれ、アハッ、やっぱり生徒会長でも生徒手帳には全裸写真が載っているんですねっ!
 いくら『生徒会長特権』があっても、この生徒手帳用写真撮影は逃れられないということか〜」

「さて、それじゃあ生徒会長の三条院結衣香先輩、本人確認の個人認証をします。
 この生徒手帳の写真と同じ格好になってください」

 男子生徒が、生徒手帳の中を広げて結衣香に見せながら、命じた。
 今、ここで、結衣香が生徒会長になってからはじめて受ける「生徒手帳検査」が始まったのだった。


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