(――そろそろ日が落ちそうね)
日の日課である練習を終え、グラウンドを後にする乃梨香。
誰も使わないグラウンドにおいては白線がそうそう消えることもないし、自身が半裸であるがうえ持ち帰るのは特にない。
ゆっくりと歩き数分、ちょうどグラウンドの端に達そうかというところでその声は乃梨香に届いた。
「乃梨香!」
呼ぶ声は男ではない。
一瞬強張った乃梨香の頬が緩む。
「亜美……。
びっくりしたじゃない」
乃梨香の前に現れたのは坂下亜美。
乃梨香のクラスメートであり親友でもある存在だ。
時折こうして現れる親友は、乃梨香の学園での生活で数少ない財産である。
男女問わず明るく優しい気立ての亜美は、乃梨香にとって少しの憧れと笑顔が出る数少ない時間を提供してくれる大切な存在である。
「今日も時間いっぱい練習していたんでしょ?
お疲れ様」
亜美が差し出したタオルは純白。
普段使用する催淫剤に湿ったものとは雲泥の差である。
その他にも救急箱やスポーツドリンク。
1つも学園の息のかかっていない道具の数々に乃梨香の安堵の表情も色濃くなる。
「ありがと亜美。
もう練習終わったから一緒に帰りましょ」
亜美の持って来た大きなバスローブを羽織って、一緒にグラウンドを後にする。
誰の邪魔もない練習と親友との帰宅。
乃梨香の聖女学園での至福がここにあった。
亜美はおそらく聖女学園の女子生徒の中で、1番に男子生徒の言うことを躊躇なく聞く存在である。
男子生徒にも敬意を払う考えすらあり、男子生徒には扱いやすい存在になっている。
親友である乃梨香ですら理解できないその思考は、ただほんわりとした性格であることだけでは決してない、亜美自身の心の奥底に何かがあるのであろう。
乃梨香と亜美。
羞恥な仕掛けを施してくる男子生徒を敵と見る者とそうでない者。
両極にいる彼女たち2人が親友になったのは、お互いを支えあうための必然だったのかもしれない。
毎日放課後練習に励む乃梨香もそれを影で支える亜美も、言葉に出さないもののきっとそれに気づいているはずだ。
文章:橘ちかげさん
加筆・修正:ロック