聖女学園のグラウンドは広い。
学園の広大な敷地の中央に存在する正方形の土のグラウンドは、100メートルのラインを縦に数本並べられる余裕がある。
無論、山林という環境も相成ってスポーツ選手を育てるには打ってつけの場所である。
しかし、体育の授業のほとんどが体育館で行われる学園においてそれはあまり必要のないものであった。
使われるとすれば、年に数回の行事や生徒に特別な罰則が加えられたときくらいだろう。
そんな学園生徒でさえあまり縁のないグラウンドは、日々1人の少女によって確実に使い込まれていた。
広大なグラウンドの中央。
ど真ん中に引かれた白線はしっかりと100メートルを刻んでいる。
時間は日の落ちかけた夕刻、いわば放課後なのだが他に人はいない。
たった1人、外からの視線を疎外するかのように彼女はいた。
「――ふぅ……」
綺麗な身体をしている。
一朝一夕では創りえないだろう身体のラインは未だ完璧ではない。
しかしながら成果として残るうっすら見える筋肉は、スプリンターの片鱗を垣間見ることができる。
首筋から滴る汗は膨らんだ胸元を経て足元に落ちる。
おそらく全力で数時間走り込んだのだろうが、全身を覆いその汗を吸収するはずのものを少女は身に付けていなかった。
数分のインターバルの後、今駆け抜けてきた白線を全力で駆け戻る。
何往復したかなどもはや覚えていないし、どうでもいいことである。
日にたった数時間の自由を有効に使う彼女の表情は希望に満ちていた。
―――特例―――
柴谷乃梨香が聖女学園での特権を手にしたのは、入学して間もなくのことだった。
小学校以前から陸上競技において多大な功績を残していた乃梨香は、学園に入学後もその活動を続けることが認められた。
大会前などを除き、グラウンドの使用は放課後の時間のみ。
練習中に着用が認められるのは上半身の衣類と靴下と靴だけ。
下半身は裸という学園らしい羞恥な制限こそあるものの、規律の厳しい学園において自身の活動ができることが何より嬉しかった。
『特例に対してのみ、男子生徒からの指導を退けることができ、また特例中はその上をいく権限を持つ』
この一文も乃梨香にとって大きな武器になった。
半裸にはされるものの、人目さえ避ければ男子生徒からの羞恥は一切ない。
それどころか、それをする生徒に怒号を浴びせてもいいのだ。
季節は夏。
日没までと規則があるため、時期によって変わる特例の時間。
日が長く半裸でも活動しやすいこの時期は、乃梨香にとってとても重要な時間であり、もともと兼ね備えたセンスもあって日々タイムの短縮を行っている。
日々羞恥な仕掛けで乃梨香を襲う男子生徒たちも、この時間においては誰一人としてグラウンドに立って覗くことすらなく、夕日に伸びる大きな影はいつも乃梨香のそれたった1つであった。
文章:橘ちかげさん
加筆・修正:ロック