罰則期間 希編
〜プロローグ〜



「ん……ふぅ」
 寝返りを打つ少女はうっすらと汗をかき、その幼さを感じさせないほどの色気を持っている。
 まぶたを閉じて5時間。
 真夏を感じるにはまだ早すぎるものの、梅雨のジメジメとした空気は女子寮を特有の不快感で包んでいた。
「んん…」
 今日の男子の嫌がらせは、いつにも増して酷かった。
 日を跨いで昨日。
 半日に及ばない学校生活の中で5度の性的絶頂を迎えてしまった少女は、その疲れと嫌悪感を逃れるため快眠を求めていた。
 梅雨のジメジメも身体の疼きも、疲れきった身体には微塵の妨げにもならなかった。
 たった数時間の安堵の時。
「…すぅ」
 それは少女にとって少なからずの明日への糧。
  何を夢見ているのだろうか、うっすらと浮かべられて笑みは学園では滅多に見ることのできないものだ。
 しかしその数時間後に迎えた屈辱の一時は、その明日を絶望へと変えていった――
――チョロ…
 
「………えっ」
 少女は絶句した。
 午前6時。
 いつもより少しだけ早い起床は、下半身の異常な湿りに気づいたからだった。
 少女の立つ真下。
 たった数時間自身を包み込んでいたはずのふかふかの布団がぐっしょりと濡れていた。
 汗ではない事は一瞬で分かった。
 少しだけ嗅ぎ慣れた特有の匂いが少女の頭をクラクラと混乱させる。
「…………」
――おねしょをした。
 否定できない事実が少女の言葉をなくす。
 それが起こって何時間になるのだろう。
 すっかり熱を無くしたその液体は、少女の穿く下着を冷たく濡らしている。 
  きっかけなんてものはいくらでもあった。
 日常の耐え難い苦痛に快感。
 食事の際に摂取させられる利尿剤も、ボディーソープに含まれた催淫剤も全て今現在の事象に関係しているはずだ。
 しかしながら、聖女学園に入園して以来おねしょをした経験は不思議となかった。
 それは、当然のように存在する睡眠中の失禁における罰則がどれほど厳しいものかを知っているためなのか。
 少女は時計を見る。
 女子寮一斉の起床時間まであと1時間を切っている事を理解すると、急に焦りが出てきた。
(……何とかして隠さないと――!)
 時間からして湿った布団を乾かすには限界がある。
 それを一瞬で悟り、少女は事の隠蔽を図る。
 隣にはすやすやと寝息を立てるルームメイトの姿。
(大丈夫。
 今ならまだ間に合う)
 たった一歩。
 行動に出たその瞬間、部屋の電気が少女を照らした。
   
「――希ちゃん?」
 右からの声に少女――佐藤希はビクリと反応した。
「せ、先生」
 部屋の電気を点けたのは担任の玲子であった。
 偶然。
 いや希はあっさりとそれが必然であったことを理解した。 
 恐らく部屋に備え付けられたカメラを誰かが見ていて、異変を玲子に密告したのだろう。
 失禁の舞い上がりにそんな事も予測できなかった自分を悔やむ。
 始めから隠すことなどできなかったのだ。
 玲子は言葉少ない希を横目に歩を進め、敷布団を持ち上げそれを顔へと近付ける。
 一瞬の後に鼻をつくアンモニアの匂い。
 ほんの数秒。
 普段は気丈な少女のおろおろと立ちすくむ姿を見て、現状を把握する。
「せ、先生……これは――」
「……はぁ」
 言葉より先に出たのはため息だった。
「まったく…、どれ程気を抜いていたのかしら?
 佐藤希さん」
 呆れかえる言葉にもかかわらず、語調はかすかに強い。
 希は即座にしゅんとうなだれる。
「今週は特に睡眠前の排尿は禁止していないはずよ?
 尿意を催す前に、しっかりとトイレにはいかなかったの?」
「…ごめんなさい」
 今の希には謝ることしかできない。
 経験上逆らうとどうなるかを理解しているつもりだ。
「謝って済む問題ではないわ。
 このことを直接、学園の方に通達しなければいけません」
 一瞬だけ、希の肩がビクリと動く。
 数週間前の反省室の記憶が鮮明に蘇る。
 玲子は希の思考を見透かしたのか、あえて話を続けることをしなかった。
「とりあえず、もうすぐ起床の時間なので詳しいことは、明日の朝に連絡します」
「……わかりました」
 それが目の前にいるのが玲子だからなのか、それとも未だ自らの犯した痴態に混乱しているのか。
 希は無言で首を縦に振るしかなかった。
「それにしても、あなたがおねしょをするなんてね。
 珍しいこともあるものね」
 クスリと笑い部屋を出る玲子に、希の頬が赤く染まった。


文章:橘ちかげさん


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